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高知地方裁判所 昭和58年(ワ)415号 判決

原告

医療法人旦竜会

右代表者理事

町田照代

右訴訟代理人

川添賢治

被告

破産者

井上八千代

破産管財人

小松幸雄

右訴訟代理人

松岡章雄

行田博文

主文

一  被告は原告に対し金七〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一一月二三日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五六年四月二日訴外井上八千代(以下「訴外井上」という)との間において、別紙目録記載の不動産について売買契約を締結し、売買代金を金一七〇〇万円と定め、即日手付金及び内金として金七〇〇万円を支払い、同年五月二日右不動産を何等の権利の制限乃至負担のない完全なものとして所有権移転登記と引渡しを受けるのと同時に残代金の支払をすることを約定した(以下、右契約を「本件売買契約」という)。

2  しかるに訴外井上は、昭和五八年八月一〇日破産を宣告され、被告が破産管財人に選任された。

3  本件売買契約は双方ともその履行が完了されていなかつたので、原告は昭和五八年八月一九日付同日到達の文書をもつて被告に対し、破産法五九条二項に基づき、右書面到達の日より二週間以内に右契約を解除されるか或は破産者の債務を履行して原告の債務の履行を請求されるかの回答を求めたところ、被告は同月三一日付書面をもつて原告代理人に対し、右契約は履行不能となつたので、破産法五九条一項に該当しないものと思料する旨回答した。

4  しかしながら、破産法五九条は履行不能の場合においても適用されるところ、被告の右回答には催告の目的たる事項につき回答がなされていないので、右契約は同条二項によつて前記期間の経過とともに解除となつた。

5  よつて、原告は被告に対し、同法六〇条二項に基づき、金七〇〇万円の返還と、これに対する本訴状が被告に送達された翌日である昭和五八年一一月二三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  同4、5は争う。

三  被告の主張

1  破産法五九条は、双方未履行の双務契約について、破産管財人をして、契約を解除すべきか、それとも履行すべきかについて選択の余地のある場合についてのみ適用され、破産者の債務の履行が不能の場合には適用されないものと解すべきである。

2  しかるに、本件不動産については、昭和五六年一一月一〇日競売開始決定がなされ、翌昭和五七年八月二〇日訴外大成建設株式会社がこれを競落し、さらに同年九月一日原告がこれを買受けた。

したがつて、破産者の債務の履行は、本件不動産が競落されたとき、もしくは遅くとも原告がこれを買受けた時点で(いずれも、破産宣告前である)、履行不能となつたものである。

四  被告の主張に対する答弁

1  被告の主張1は争う

2  同2は認める。

理由

一請求原因1ないし3の各事実、並びに、本件売買契約における訴外井上の債務の履行が破産宣告前に履行不能となつた事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二ところで、被告は、破産法五九条は、破産管財人をして、当該契約を解除すべきか、それとも履行すべきかについて選択の余地のある場合についてのみ適用され、破産者の債務の履行が不能で、右の選択の余地のない場合には適用されないものであると主張するので、この点について判断する。

思うに、破産法五九条が、双方未履行の双務契約について、破産管財人をしてその選択に従い、当該契約を解除するか、又はその債務を履行して相手方の債務の履行を請求することができる旨を規定したのは、双務契約における双方の債務は互いに対価関係にあり、同時履行の抗弁権(民法五三三条)によつていわば互いに担保されている関係にあることに鑑み、右対価的関係にある債務の履行に関する相手方の信頼を保護しようとする趣旨から規定されたものである。

すなわち、もし、破産法五九条がなければ、破産宣告後は、破産者の債務が履行されなくても、相手方は債務不履行を理由に当該契約を解除することはできないところ、相手方は、自己の債務はこれを履行しなければならず、しかも本来その対価として請求し得る権利は破産債権となつて若干の破産配当に甘んじなければならなくなつてしまう。これは、双務契約における互いの信頼関係を裏切り、相手方を著しく不利に陥れるものである。そこで、破産法五九条は、前記のように破産管財人をして、当該契約を解除するか、もしくは、破産者の債務を履行して相手方の債務の履行を請求するかのいずれかを選択させることとして、相手方を保護したのである。

そして、右のような、双務契約の担保的機能に対する相手方の信頼を保護する必要性は、破産者の債務の履行が可能であるか、不能であるかによつて違いはないものといわなければならない。

したがつて、破産者の債務の履行が不能であるときは、破産法五九条は適用されない旨の被告の主張は失当である。

三そうすると、本件売買契約は、破産法五九条二項により、原告が被告になした催告の催告期間の経過とともに解除されたものとみなされ、同法六〇条二項により、原告が被告に対し、訴外井上に交付した手付金及び内金七〇〇万円とこれに対する本訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五八年一一月二三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は、理由があるものというべきである。

四よつて、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。 (増山宏)

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